山岸凉子「牧神の午後」

山岸凉子のコミックは「アラベスク」を始めとして、白泉社のシリーズ全巻を基本に、ほとんど持っているのだが、この作品が集英社の月刊「ぶーけ」に載った頃は全く知らなかったし、その後単行本になったらしいこともネットのあるサイトで見るまで知らなかった。
でもそれは2004年頃だったので、書店ではもちろん、webのショップでも見つからなかった。
月刊ダヴィンチにメディアファクトリーから3月末に出版されたことが出ていたのだが、やはりなぜか店頭では見つけられず、最近になってようやく入手できた。
ニジンスキーについては、今はもちろん熟知しているとさえ言えるかもしれないが、その名は聞いたことはあったがどういうダンサーだったのかをおぼろげに知ったのがやはり「アラベスク」でだった。1970年頃だから、バレエの知識もほとんどなく、そのコミックを通じて、やっぱりバレエの本場はロシア(ソ連)よね、くらいの認識しかなかった。
それがいつの頃からだろう、これほどの天才の実際を知りたいと思うようになったのは。
本格的に来日バレエ団の公演を見るようになり、ダンスマガジンを購読するようになったのが1990年。それに伴って、自然と彼についての知識も増えてくる。バレエからニジンスキーを切り離すことは到底できない。しかし、現存する人間は誰一人彼の踊りを見たものはいない。映像さえも残っていない。当時の写真を見ても古色蒼然としたレトロな印象しかなく、その頃は正直言って、それほどニジンスキーという人物に関心はなかった。
しかし、それとは意識せずにいくつも彼と関わりのある作品は見ていたのである。初めて見たのは多分「薔薇の精」であろう。ニーナ・ガラでのルジマトフ(映像)の他、当時多かったロシアバレエ・ガラの公演でも見ていた。
ようやく「牧神の午後」を見たのは、96年パトリック・デュポンとプりセツカヤのだったと思う。アラベスクに出てきたのに、実際にはなかなか見る機会がなくずっと見たいと思っていた作品だった。初めて見たせいもあるかもしれないが、この二人によるダンスは、レトロなバレエ・リュスの匂いは微塵も感じさせず、むしろ洗練されていたように思う。(記憶がいまいちハッキリしない部分もあるが)
それに対して昨年の公演「ニジンスキーの伝説」を見て、やはり東バのディアギレフプロなどは、20世紀初頭の古さを感じさせるもの、という感を強くした。忠実にバレエ・リュスの世界を表していて、それだからいいという面もあるのだけれど。
そして、98年ルジマトフの「ニジンスキーの肖像」では、狂気に囚われ老人となったニジンスキーをロシア人俳優ヴェフチェレフが演じ、ダンサーニジンスキーをルジマトフが踊った。彼の「牧神」は、彼自身のプロデュースによるもので、スタイリッシュな黒いスーツを纏い、全くあのホルスタイン模様の衣裳ではなかったのだけれど(私にとっては良かったが)、彼は果たして、あの衣裳で牧神を踊ったことがあるのだろうか? 想像できない。
けれど、それでいてなお彼は、ダンス評などには、「ニジンスキーと自己の同一視を感じさせる」などと書かれるようになっていった。でも他の作品(ペトルーシカ、薔薇の精、シェヘラザード等)においては優れた演劇性、高い技術でカリスマ性を発揮し、「もはやニジンスキーを超えた」とも言われた。そして最後に神となる彼は、あくまでルジマトフであって、神に囚われたニジンスキーとは別の存在というか、より神に近い存在に見えたのは私個人の勝手な思いこみかもしれない。ともかく、この公演によって、ニジンスキーへの関心はかなり高くなった。
その後、2000年に演劇の「ニジンスキー」を見る。ダンサーとしてのニジンスキーを演じ、踊ったのは首藤康之さんだった。老いたニジンスキーを演じたのは市村正親さん、ディアギレフは岡田真澄さんだった。ここで初めて、ディアギレフとの関係、バレエリュス、ロモラとの結婚など彼の人生を知る。
また、いつだったかはっきり記憶はないが、TVの深夜放送で映画「ニジンスキー」をやっており、録画しておいて実際に見たのは結構後だったような気がする。フォーキンを演じたジェレミー・アイアンズが素敵だった。ニジンスキーを演じていたのはABTのダンサー、ジョルジュ・デ・ラ・ペーニャだったが、結構顔立ちなどもニジンスキーのイメージとあっていたように思える。ロモラにレスリー・ブラウン、タマラ・カルサービナをカルラ・フラッチが演じ(踊り)音楽はジョン・ランチベリーが担当していた。これはかなりしっかりニジンスキーの人生を描いている作品だと思う。
また昨年の、東京都庭園美術館でのバレエ・リュスの作品展「舞台芸術の世界」での、ジョルジュ・バルビエを始めとする絵画もダンサー、ニジンスキーへの尽きない興味をかきたててくれた。
なので、2005年ハンブルク・バレエの「ニジンスキー」を見損なったのが本当に残念である。
本作品は、山岸凉子らしい捉え方で、彼の天才ぶりが見事に描かれている。天才ゆえの光と影も。才能ゆえに破滅していく人生。両性具有のような妖しげな彼の魅力。これこそまさに山岸ワールドにうってつけの素材と言えるだろう。
バルビエの絵画に残っていても、現存しないバレエ「アルミードの館」についても描かれているので、この作品のイメージも形になってくる。(ただ、ニジンスキーのバレエ・テクニックの描写が「薔薇の精」について語られているものと同じような感じはあるが) バレエファンなら必読の一冊だと思う。
ともかく世界中の名だたるダンサーが、近づき、超えたいと願う存在であるのは、彼の映像が全く残っていないためになおさらそうなっているのであり、それ故、ニジンスキーは永遠に伝説として生き続けるのであろう。観客に見られ、批評家に評される現代のダンサー達から見ると、悲劇的ではあるが、ある意味羨ましい存在なのかもしれない。

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