ダンスオペラ「神曲」 8月2日(土) 17:00〜  愛知県芸術劇場 大ホール

第1部 17:00〜17:30 → 17:25〜18:00
モダンバレエ 『イエルマ』

振付・演出・構成:川口節子 原作:ガルシア・ロルカ 音楽:F・ショパン

イエルマ: 小出領子
ファン(イエルマの夫): 後藤晴雄
マリーア(友人): 榊原弘子


第2部 17:50〜19:00 → 18:20〜19:40
ダンスオペラ 『神曲』

構成・演出・振付:大島早紀子 原作:ダンテ「神曲」より 音楽:リスト「ダンテ交響曲」他

ダンス:白河直子、和栗由紀夫、辻本知彦、群青
    木戸紫乃、小林史佳、斉木香里、泉水利枝、池成愛

ソプラノ:佐々木典子   
合唱:名古屋少年少女合唱団
音楽監督:笠松泰洋
衣裳:堂本教子
美術協力: 水谷雄司

「神曲」はとっても素晴らしい公演だった。
幕開けは、真っ暗な中、やや高い台の上にに人物が立ち、下から紫の光線で顔が照らされてギョッとしてしまったのだが、和栗さんだった。この方は舞踏のダンサーで、黒っぽい長めの衣裳を着けた感じがコウモリを連想させた。激しい動きなどはほとんどないが、場を制する、というか、とっても存在感がある。また、構成からいうと、地獄を感じさせるようなゾッとするものも出していた。

彼が消えると、その奥で目まぐるしく踊り出す白河さん。音楽がほとんど聞こえないオープニングでは、激しい息づかいが聞こえてくる。でも彼女の踊りは見慣れているせいか、かえってホッとしたりして。

ステージ上には鉄骨ぽい柱が7〜8本立っていて、それが冷たい鉄を感じさせる物ではなく、4本の細い支柱の間が開いていて間に斜めの細い金属棒が何本も付いているというもの。(描写力がお粗末なのでうまく表現できないが) 照明が明るくなると、下や上の方にアルファベットが付いているのに気づいた。(大きなRやBなど大文字のみ) 照明も全体的にとても効果的に使われていたと思う。

白河さんが踊っている最中、上手からワイヤーで釣り下げられたカオスのダンサー達が現れる。、時々急にグワンと下に下がったりしながら移動してくるので、一瞬落下するのではないかとヒヤッとするほどだ。
このあたり、ああ、今回はややカオス色が強いな〜と思う。昨年の公演を見ているせいか、雰囲気がやや似ているのだ。大島さんは最近ワイヤーを使った演出が多いようだ。

その他、ソファーが移動したり、その上にダンサー達の他、佐々木さんが座っていたり。彼女は前回のダフネにも出演されていたようだが、衣裳も、ダンサーたちと調和するものになっていて、その場の雰囲気をこわさずに一人だけ歌い手として参加しているという感じ。ああ、これこそが「ダンスオペラ」なのだ、と思う。色々な形態で進められてきたこの「ダンスオペラ」という舞台形式が、ここにきてようやく完成されたのかな、と思う。 

「月に憑かれたピエロ」は残念ながら見逃したのだが、「悪魔の物語」(ストラビンスキーの「兵士の物語」より)は結構おもしろかった。が、ステージ上にバイオリンが並び、音楽がダンスをややリードしていたように思う。最も主導権を握っていたのは弁士の語りだったのだが、別の企画であった「兵士の物語」でも、やはり語り(by西村雅彦)が主要な役割を果たしていたので、まぁ、あれはそういう演目なのでいたしかたないのだろう、という感はある。

「青髭城の扉」では一つの役をダンサーと歌手が担い、同じステージ上の両側でダンスと歌を同時に展開していた。この時から白河さんが出演し、以後「UZME」にも出演して、ルジマトフという大スターと日本のダンサーとのレベルの差をあまり感じさせない仕上がりにしてくれたのは彼女の功績が大きいのだろう。

次の「ハムレット〜幻鏡のオフィーリア」はあまり好みではなく、(西島千博さん出演だったのに)疲れていたこともあってかなり眠ってしまったので語ることはできないが、これら一連の、愛知芸文センター制作(かつ命名)の「ダンスオペラ」シリーズを、かの鈴木晶氏が全てご覧になっていることは地元民としてちょっと誇らしい。

話がそれたが、辻本さんは(ダンテの設定らしいが)前回見た時よりワイルドな感じで、初めのうち群青さんと区別がつけ難いほどだったが、やはり群青さんのカッコイイストリート系のダンスで判別できた。前回のカオスの公演にはこの二人とも出演していたのだが、あの時よりも二人の動きが歩み寄り、融合されて、また別の世界を創りだしていたように思う。 群青さんの役割はよくわからないが、この二人の身体能力の素晴らしさは格別で、見ていない人には想像できないと思うので、とにかく一度見て欲しい。(彼のブレイクダンスの公演があったら見に行きたいと思う)

群青さんの寝ているベッドを辻本さんが引いてきたりして(病院仕様のベッド、これまたカオスの公演ではお馴染みのような)これを道具に使って踊っていたりした。その他、道具として、舞台奥にテレビなども2〜3台出てくる。画面が眩しいが水の動きらしいので落ち着く。ベジャールもよくテレビを用いていたが、あの画面がサンドストームだと、ちょっとイライラして見たくなくなってしまう。

辻本さんと白河さんのダンスは、彼女を愛そうとする男性を、拒否はしないが、でも私は私、独立した一個の人間なのよ、と言いたげにすり抜けていく女性(白河さんはベアトリーチェということのはずだが)というように感じられた。いつもは両性具有というよりは、性とは無縁なような雰囲気を与える白河さんが妙に女性らしく見えて可愛らしかった。

オリジナルの「神曲」の構成は、簡単に言うと古代の詩人ヴェルギリウスの案内でダンテが地獄・煉獄、そして天国へと旅をする過程なのだが、ヴェルギリウスはキリスト以前の人間なので、天国への道案内はできない。煉獄から先は永遠の淑女であるベアトリーチェの導きにより進む、ということになっている。ベアトリーチェは実際にダンテの愛した女性であったが、若くして夭折してしまい、彼は彼女の死をいたく嘆くことになった。天国で彼女と結ばれるのはダンテの望みでもあったのだろう。

が、どこが地獄とか煉獄とか、誰がヴェルギリウスだとか(たぶん和栗さんなのだろうが)あまり深く考えなくてもいいと(原作を読んだりして予習しなくてもいいと)アーティストトークで大島さんが言っていたように、音楽とダンスを楽しめばその世界観は十分感じられる仕上がりになっていたと思う。最後、上からおびただしい銀粉が舞い落ちて来るところは、えもいわれぬほど美しく、ああ、これこそが天国なのかな、と思い、物語が完結した、という充足感で舞台が閉じられよかったと思う。

ダンスも素晴らしかったし、佐々木さんのソプラノも美しかったが、さらに見えないところ(オケピが設けられていて、マイクが数本立っていたのでそこにいたようだ)で歌っていた名古屋少年少女合唱団のバックコーラスもとても美しかった。やはりまず音楽がよくないと話にならない。今回は音楽、ダンスどちらも共に素晴らしく、今までの「ダンスオペラ」シリーズで最高の完成度だったと思う。とても満足な公演であった。が、このジャンルの芸術はまだまだ進化していくのかもしれない。

(開演前、開場時間が遅れ、それに伴って開演も遅れ、上演開始が5時の予定が5:25、終演7時の予定が7:45だった。こんなことは、芸術劇場始まって以来だと思う。入場してもロビーのみの開場で、ごった返すロビーで十分冷房も効かない中20分ほども待たされてしまい、誰か気分の悪い人でも出そうな雰囲気だった。何があったのか説明はなく《ということは単に準備の遅れだと思うが》、お詫びの言葉のみで始まった公演だったが、そんな不満は忘れるほど良い公演だったので、まぁ、よしとしよう。主催者側もずいぶん気を揉んでいたようだし)

「神曲」について簡単に知るには、このwikipediaのサイトが役に立つと思われる。

また、この公演前のアーティストトークに行った時の自分のブログの記事はこちら

愛知芸術文化センターのアーティストトークの様子をまとめたサイトはこちら

「イエルマ」については別記事に書こうと思う。

ピナ・バウシュ ブッパタール舞踊団「フルムーン」@びわ湖ホール

4月2日(水) 7:00p.m.〜 滋賀県立芸術劇場 大ホール

芸術監督・演出・振付:ピナ・バウシュ
舞台美術:ペーター・パプスト
衣裳:マリオン・スィートー
音楽協力:マティアス・ブルカート、アンドレアス・アイゼンシュナイダー
芸術監督助手:ロベルト・シュトルム、ダフニス・コッキノス、マリオン・スィートー

びわ湖ホールにしては珍しい平日ソワレ。ローザスの公演など、モダンダンス系はたまにはこういうこともある。とはいえ、前回は休日マチネだったのに。どうしても観たかったので、名神を走り大津へ。

開演前の大ホールはいつもより暗かった。ソワレのせいというわけではないだろう、と思ったら、舞台は緞帳が上がっていて、暗い空間に何やら大きな物体が見える。幕が開いているので、あまり最初から見せないように、照明が落とされていたようだ。時間が来て、一旦暗くなった客電がむしろ明るくなり、ステージも照明に照らし出される。

と、舞台の中央部には、大きな岩。デコボコの表面に大理石の原石のような、石英成分の多い花崗岩のような、柔らかい質感がある。作り物にしては重量感がある。本物だろうか?そして男性ダンサーが二人登場する。手に空のペットボトルを持っており、岩の前に立ち、二人同時に腕を大きく振ると、空気を切るブワンというような音がする。1回、2回、・・・数えているうちに13回くらいになり、いつまで続けるのかと思っていると、今度は下手から金属の棒を2本持った男性が登場し、二人の動きと同時に、その棒を振る。そして、先にいた左側の男性が、その金属棒を1本取り、ボトルは反対の手に持ち替えて、後から来た男性と同時に、続けて棒を振る。ボトルしか持っていない、右手の男性は退場する。さっきの続きで、22回ほど振ったところで、3番目の男性が岩のそばに来て、振るのをやめ、ダンスを始める。左手の男性も、金属棒を他のダンサーに渡して、激しく踊る。

下手から、ピンクの長いドレスの女性が走っていく。後から男性二人が追いつき、彼女を捕らえ、上の方に上げていき、また降ろす。

上手から女性ダンサーが出てくると、男性がそばに寄ってくる。その女性は男性に激しく何度もキスを繰り返しながら、下手に押して行く。相撲の突っ張り・押し出し、ならぬ、キス出し?(笑)

白いドレスの日本人ダンサー瀬山亜津咲さんと、小柄なブルーのドレスの女性が出てきて、あぐらをかいて座る。二人で男性の踊りを見ているうちに、ブルーの女性の片膝が上がってくるので、瀬山さんが自分の足で押し下げると、ブルーの女性の反対側の膝が上がる。これを2〜3回繰り返し、二人は中央に寄って寝そべる。今度は瀬山さんの腰が上がるので、ブルーが足で下げると、反対側が上がる。これをまた2〜3回繰り返す。
二人は今度は正面を向いて互いに片方の掌をしっかり合わせる。それだけなら普通だが、それをブルーの女性側に倒す。つまりブルーの女性の手は、上腕の方に反り返っているのだ。これには観客も驚いていた。それを2〜3回繰り返しながら退場。

と思うと、(ドイツ人)女性ダンサーが日本語でしゃべりだす。やっぱり片言で、アクセントが違うので、思わす笑ってしまい、シリアスになれない。笑いをとろうとする場面ではいいのだけど。男性たちがワイングラスのようなグラスを縦一列に並べ、巧みにグラスの間を縫って走ったり、小さく飛び越えたりする。岩の上によじ登る人もいる。

女性ダンサーが椅子に座ろうとして、横に立ち、こう言う。「幽霊だって、ときどき座るの。今夜は満月、酔っ払ってはだめ」

やっぱり「満月」でいいのね。ドイツ語の 'Vollmond' は英語の 'Full Moon' てことか。タイトルは最初から日本語で「フルムーン」なんだけど。

また、ランダムに並べられた5脚ほどの椅子に、ロングドレスの女性ダンサー達が座り、男性ダンサー達が、その横に飛び乗る。そしてペットボトルの水を女性たちにかけたりする。反対に男性達が椅子に座ると、女性達が、男性の上に飛び乗って、男性を踏んづけて頭の方に上がっていっておりる。女性のドレスは黒、白、肌色、淡いブルー、ピンク等で、ほとんど同じデザインだが、上がゆったり二重に布が重なっているのもある。どちらにしても女性は皆スリムで、やはりそういう体型じゃないとこのドレスは着こなせないだろう。でも床に届くほどの長さ、というのは、エレガントで、この舞台をとても素敵に仕上げているように思えた。これが短いと、何だか品がないように見えるかもしれない。

この間、最初からずっと、上から雨だれのように時折水滴が落ちて来ていたのが、だんだん雨のように激しくなっていく。舞台の後方に水が溜まっていたらしかったが、(私の席が前の方だったので見えなかったが)それが川のようになっていたらしく、何と、女性ダンサーが一人、下手からこの川の中を泳いで行くではないか!大きな水しぶきが上がって、本当は泳いでいるというよりは、浅い水の中を這いずって行くようだったが、その後、また一人、また一人、と4人の女性が泳いで行ったのには、聞いていたけどやっぱりビックリ。大降りの雨がライトに照らされて、何となく不安感をかき立てる。というか、水の噴き出しているところからライトの明かりが照っているのがすごいセットだ。そして休憩となる。

休憩時、ステージの上ではスタッフ達が濡れた床面を拭いていた。たくさんの観客がステージの前に立ってその様子を見ていた。この時点では、ステージ上の水はすっかりなくなったように見えたのだが、後半になると、最初から男性が下手から泳いで岩の所までやって来て、岩づたいに上がってくるような格好だったので、またまた驚いた。私の席からは川が全く見えなかったのだ。これなら、もう少し後の席にすればよかった。または2階バルコニー席か。事実、休憩中に、私の前方の、1階前の段差のない席に座っていた外国人観客2〜3名が、2階のバルコニーに上がって、舞台を見下ろしていたのだ。(舞台が始まったら、ちゃんと自分の席に戻っていたが、一人だけいなかった。果たして彼はどこに行ったのやら?)

後半は、何人かが川から出てきたが、瀬山亜津咲さんが水の中から出てきて詩のような美しいセリフを言った。「私は若い」とか「私は美しい」とか。詳細は忘れてしまったが、彼女のセリフだけがまともな日本語なので、他のダンサーの言うことはおふざけのように聞こえてしまう。英語のセリフも一部あったが、さすがにそれはシリアスに響く。サービスなのだろうけれど、ドイツ人の言う日本語のセリフも適当にしてもらわないと、ふざけているだけにしか聞こえない。

黒いロングドレスの女性が、岩の上に立つと、男性が上がっていって、彼女の頭の上に紙コップを乗せる。彼は下りてきて、ポケットから水鉄砲を出してねらい打ちすると、水が当たって紙コップが落ちる。これを2回繰り返す。

また、前半のように、走っていく女性を、追いかける二人の男性が捕らえて、上に上げていって降ろす。そして、激しいキスで男性を押していく女性など、前半と同じ動きが繰り返されたりする。

そんな中、やはりこの舞台の中心は水なのだ。男性たちが川の水をバケツで掛け合う。その前で、小柄な女性が激しく美しく踊る。水の動きにライトが当たって美しい。別の女性が大きく水をはねらせて放物線を描いた時、カオスの「春の祭典」で、髪の毛をバスタブの水につけて大きく頭を動かして放物線を描いていた白河さんを思い出したりした。でも、その動きはそれほど長くも激しくもなかったのでちょっと残念。あれと同じでは、真似したことになってしまうだろうけど。もう少し長く水の放物線の軌跡を見ていたかった。やがて雨もだんだん前半と同じように激しくなってきた。

そして、降りしきる雨の中、走ったり川に飛び込んだりして、ずぶぬれになりながら、ダンサー達は狂ったように踊る。岩によじ登ってから、川へ飛び込んだり、動きは激しく、それに合わせて音楽もヒートアップしていく。激しい踊りと音楽に加えて、水のしぶきが見る側の気分も高揚させていく、というすごい効果をもたらす。激しい雨は人の不安感を募らせるものだが、それが音楽や踊りと相まって、何か不思議な祝祭空間のようなものを作り上げていった舞台だった。こうして舞台は圧倒的なクライマックスを迎えるのである。

西洋の文化では(と言うより、英語圏では、という方が正しいのかもしれないが)、月の光は人間に狂気をもたらすもの、という考え方がある。 'lunatic'( 「狂った」)という語があるように。この舞台では、月の光そのものはあまり感じられない。雨があれだけ降れば、月も雲に隠れてしまうだろうし。が、それでいて、ライトに照らし出された滝のような水しぶきは、月光さえも彷彿とさせるような演出効果をもたらしていた。ピナの舞台は本当にもう、何と言ったらいいか、いつも日常的な(自然な)(小)道具を用いながら、私達を異空間に誘う不思議な世界を描き出す。最後はスタンディング・オベーションだった。関西にも来てくれてありがとう、という気持ちでいっぱいだった。

世界遺産で舞う マイヤ・プリセツカヤ with 梅若六郎 〜永遠に咲く花の如く〜

e+からこんなお知らせが来ていた。

3月30日(日) 18:30〜 上賀茂神社 細殿にて

出演: マイヤ・プリセツカヤ/梅若六郎/中島慎子(バイオリン)/仙波清彦(パーカッション) 特別ゲスト:藤間勘十郎

曲目・演目: 演目(予定):<能>羽衣
<バレエ>アヴェ・マイヤ(グノー作曲バッハ編曲「アヴェ・マリア」よりM.ベジャール振付)
<ソロ演奏>シャコンヌ(J.S.バッハ作曲「パルティータ2番BWV.1004」より)
<舞>「ボレロ」より(ラヴェル作曲)

席種・料金  全席指定:¥12,000

※会場は野外となります。防寒にご配慮いただいた服装でご来場下さい
※雨天決行(荒天中止)
※未就学児童入場不可

ううむ、何とも不思議なコラボレーション。 キョードー大阪などのHPにもこれに関するものがないし、e+の特集ページも見あたらない。
「能」は最近とんとご無沙汰だし、詳しくはないのだが、梅若六郎氏はe+の解説によると、

*現在、人気、実力ともに第一人者として活躍する重要無形文化財総合指定、観世流シテ方の能楽師。廃絶された能の復曲、新作能の上演も積極的に携わり、様々な演出を試みるなど、今日に生きる古典芸能を支える役目を果たしています。海外への能の紹介にも意欲的で、89年ベルギーで開催された「ユーロパリア・ジャパン」展の能楽公演団長として出演の他、海外初の能面・装束の展覧会も開きました。
ニューヨーク、パリ、オランダ等でも公演を行い、97年には舞台生活45周年を記念して新作能「伽羅沙」をサントリーホールにて上演。昨年は声明と雅楽をとりいれ新作能「空海」を演じ絶賛を博しました。

だそうで。
で、思い出した。能の紅天女を演じていた、あの能楽師だ。う〜ん、これ、観たかったのよね。「ガラスの仮面」はまだ完結していないし、北島マヤが紅天女を演るのかどうか、ちっとも話が進まない。

「羽衣」は一度観たことはあるが、はるか昔で内容の記憶がはっきりしない。ストーリーはもちろん、あの有名な天女の羽衣から来ているのだが。尤も、私にとっては「能」ほど眠くなる芸術もなくて、あのスローテンポがどうもダメらしく、いつのまにか睡魔に襲われ、いつもハッと気がつくたびに目の前にいる人物が違っていたり、衣装が違っていたりするので、もったいないから観るのをやめたのだ。(笑)「羽衣」の美しい能装束は記憶にあるが。
<舞>「ボレロ」というのも気になるところ。特別ゲストの藤間勘十郎氏が舞うのだろうか。
が、マイヤ・プリセツカヤのバレエが「アヴェ・マイア」という点で、観る気がかなり失せた。彼女はもちろん、尊敬すべき素晴らしいバレリーナで、80才を過ぎた今でも現役で活躍中なのだが、あの「アヴェ・マイア」はどうも絶賛モードにはなれない。
これはもしや、昨年亡くなったM.ベジャール氏へのオマージュなのだろうか?  日本文化に造詣が深かったというか、日本を愛したベジャールは、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」が原作の「ザ・カブキ」も作っていて、この秋の追悼公演では東京バレエ団が上演する予定なのだが...

京都の春の宵、というのも魅力的ではある。
上賀茂神社は行ったことはあるはずだが、ここは枝垂れ桜が有名。うまく咲いていれば背景としては申し分ないが、京都の桜は少し遅いのが普通。細殿(下の写真)は有名な拝殿だが、そこが舞台になるとすると 野外の上演とのこと、椅子を並べただけになるのだろうか?客席に段差はないだろう。 それにしてもチケット代は安くはない。
上賀茂神社細殿
 

中国障害者芸術団 JAPAN First Tour 2007「千手観音-My夢Dream-」

千手観音

11月17日(土) 愛知厚生年金会館  17:00〜

以前、Yuraさんのサイトの掲示板で紹介されていた「千手観音」の公演。気になっていたら、e+からお知らせが来て、迷っているうちにSOLD OUT。 その後ソワレの追加公演のお知らせが来たので、今度は迷わず購入。それでもやや出遅れたのか、後の方の端に近い席しか取れなかった。席が選べないシステムなのでしかたない。この公演もSOLD OUTだし、各地の公演も軒並み売り切れ。人気あるのね〜 もしかして福祉関係の団体が動いているのかな?とまで思った。

こちらが公式サイトだが、e+のサイトの方が、動画が長く見られるし、千手観音主演のタイ・リーファさんのインタビューもある。

当日、マチネが終わって出てきた人達を向かい側の喫茶店から見ていたが、やはりすごい人で、続いて入るソワレの人並みもまるでディズニーランドのアトラクション待ちのような曲がりくねった列という状態で、会場は熱気が充満している感じだった。ステージは、いつもの緞帳の周りに、紗幕に描いた波のような模様がついているし、左右に大きなスクリーンもあって、見慣れたホールと雰囲気が違って見える。
幕が開くと、チャイナドレスの美人の司会者が手話で紹介。日本語のアナウンスもあったが、同時に左右のスクリーンに日本語の字幕が出る。そして、最初の演目「千手観音」が始まった。

映像と同じ音楽と動き。私の席は左寄りだったため、真ん中じゃないと、千手らしく見えないな〜と残念に思っていたら、左右のスクリーンに真ん中で写したライブカメラの映像が映っていた。色はやや実物と異なるものの、真ん中の席で見るのと同じように見えたのでよかった。金色の衣装をつけた21人の男女が重なって、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた。本当に聴覚に障害があるなんて信じられないほどの、音楽にピッタリな動き。確かに、舞台左右の手前に手話の先生がいて、手の動きでリズムをとってくれるので、それを見ていれば何とかなりそうだけれど、動きによっては見られない位置に来ることもあるし、下を向いて踊る場面もある。それでもピッタリと音楽に合っているのだから、厳しい訓練の賜物なのだろう。全員の息がピッタリ合った、素晴らしいパフォーマンスは、わずか10分足らずで終わってしまった。もっともっと見たい、という気にさせる完璧なパフォーマンス。若いとはいえ、障害を乗り越えてあれだけのものを見せるのは相当な訓練と努力がいることだろう。奇跡のような舞いに、会場はただただ感動していた。

その他は、車椅子の方や、視覚障害の方の歌、太鼓や楽器の演奏、聴覚障害の方のアクロバティックな田植えの踊り、京劇、蝶の舞い等、全員が何らかの障害を超える努力で、素晴らしいパフォーマンスの数々を見せてくれた。決して同情などの安っぽい感情で観劇するのではなく、それぞれが芸術性の高い技を披露しているというところが感動的であった。

中でも、やはり「千手観音」の美しさ、芸術性は傑出しており、この公演を成功に導く大きな鍵だと思う。他の演目だけだと、ともすれば同情のみを誘うような催しにもなりかねないところを、芸術作品・娯楽作品として鑑賞に値するのがこの演目の素晴らしさであろう。30分ほど遅れて入ってきた観客がいたが、一番の目玉が見られなくて気の毒だった。最後のフィナーレには少し登場したが、他の演目も兼ねて出ていたダンサーもいるから、やはり最初の圧倒的なパフォーマンスのようなわけにはいかない。これからこの公演を見る人は、絶対遅刻しないようにするべきだろう。

あと、いつものバレエ公演などとは客層が違うのか、隣の男性二人が、ずーっとしゃべり続けていたのが気になった。サーカスやスケートでも見るような感覚なのだろうか。休憩時間がなかったので注意する暇もなかった。 

インバル・ピント・ダンス・カンパニー公演「Hydra」

Inbal

11月14日(水)  愛知県芸術劇場 大ホール 18:45〜

珍しく愛知芸文でインバル・ピントの公演をやるというので見に行った。
この公演は、関東では彩の国さいたま芸術劇場だけで、西日本ではここのみ。愛知芸術文化センター開館15周年記念のイベントらしい。

以前びわ湖ホールに来た「オイスター、ブービー」という演目を見損ない、その後TV放送されたのを見たら、何だかおもしろ不思議ワールドが展開されていたので、地元だし今度は生で観てみようと思ったのだ。今回は日本人ダンサー森山開次さんと大植真太郎さんも出演している。
愛知芸文センターの特集記事はこちら

幕があくと暗い中に一人の女性の姿がぼんやりと浮かび上がる。いや、一人ではない。その周りに何人かの人が、口にペンライトをくわえて、そのかすかな光を集めて女性を照らし出そうとしている。やがて女性がうずくまり、皆がそれに折り重なるように集まる。
明るくなると、男女各6人の姿が。男性は白いタンクトップに黒いパンツ。一人年配の男性だけが黒い上着を着ている。女性は、18〜19世紀のシュミーズドレスのような白いふんわりした衣装で、胴の部分に黒いグログランリボンのようなのが縁取りになっていたり、巻き付いたりしているが、デザインは皆違っている。そして、ふくらんだスカート部分の後にスリットが入っていて、中からヒモが垂れ下がっているのが見える。髪はアップにして、淡い色のリボンやレース、花飾りがついて、とっても可愛い。バレリーナのようなガリガリの体型ではなく、普通にややふくよかな白い腕などが女性らしい柔らかさを出している。皆可愛いい女性ばかり。

踊りながら、女性達が年配の男性の上着を1枚ずつ脱がせ、他の男性に着せていく。なんとこの人は6枚も上着を着ていたのだ。

ステージは薄い水色の壁に三方を囲まれている。後の壁に横に細長い窓が開いていて、そこから手を出したり、顔を覗かせたり、長い棒を取り出して渡したり。その前の床の上には、縁台のような長い木の台。これに立ったり座ったり、斜めにして滑ったり、色々なことに使うのだが、真ん中に穴があいていて、くだんの長い棒をその穴に突っ込んで立てたりする。同じ素材の丸い板の中心に棒がついたものをその長い棒にさしこみ、女性がその上に乗ったりする。(写真のように)
主にその棒を支えているのは年配の男性なのだが、他の男性も支えたりして、決して写真と同じというわけではないのだが。

ステージ上手の天井から大きな袋がロープで吊されているのが、何とも気になる。そして、年配の男性のズボンの右足の横に、何か短い棒のようなものがくっついているのも。

音楽は最初シンプルなドミソドミソというようなリズムの繰り返しで始まるが、だんだん複雑なメロディーに変わっていく。時々、馬の蹄のカツカツいう音や、嘶き、風のような音も聞こえる。

森山さんと大植さん、二人の日本人ダンサーは、一緒に踊っていても特に違和感はない。森山さんは例の長い金髪だし、大植さんは坊主頭なのにもかかわらず。しいて言えば、この二人はイスラエル人ダンサーより少し細いし、時々、二人だけで絡み合う振付もある。そして、男性の上着には、内側に白いヒモのようなものが付いているなと思っていたら、女性達にその上着を背中でクルクル巻かれ、頭の上に載せられてヒモでくくりつけられ、帽子みたいな、不思議な日本的な歌舞伎調の被り物みたいになって、そのおもしろ頭で二人だけが踊るという場面がかなり長くあった。

そして、二人と年配の男性がからみつつ、森山さんが肩車に乗るんだったか、長い棒をつたって登るんだったか、とにかく、手を伸ばして、件の大きな袋の底を突っつくと、穴があいて、砂がザーッとこぼれ落ちてくる。と、年配の男性が、右足にくっついていたものを取り出す。なんと、それは折りたたみの傘だったのだ。砂がかからないよう、傘を広げるのであった。砂はいつまでも静かに落ち続ける。

とにかく、そういった、やはり不思議な踊りが続き、女性達がまた出てくると、あのドレスの後のスリットのところをヒモでたくし上げて、カーテンのようにドレープが入っている。だから時々お尻まで見えるのだけど、衣装だから別にイヤらしくはない。 そのうち、女性の一人の鼻の下にものすごく長い編んだ2本の髭が付いている。一つが2mくらいあって、その端を1mくらいの棒で支えて他の女性達が持っている。そのうちに、もう一人の女性にもまた髭が付いて、棒で支えて、という情景が続く。

終盤は全員で色々踊るのだが、緩慢なリズムにだんだん睡魔に襲われ、少しウトウトしてしまった。最後に見ると、いつのまにか砂袋は元どおりになって、砂は止まっていた。私の席は、最前列だったので、ずーっと足元が見切れた状態だったのだが、最後のカーテンコールの時、ちょっと背伸びしてみたら、ステージ一面に白い花のようなものが落ちていた。ポスターのイラストにもあるタンポポの綿毛のようなものが上から落ちてきた、ということを後で聞き、しまった、眠らなければよかったのに、と後悔したが、すでに遅かった。

ダンス自体は1時間ばかりだった。その後、ステージ上の幕前で、アフタートークがあった。この時は最前列だったのが嬉しかった。インバル・ピントさんとアヴシャロム・ポラックさん、芸文センターの唐津絵里さん、それに通訳の方の4人が椅子を並べて目の前に。

唐津さんの司会で、この演目の振付の意図、ヒントとなった宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」との関連性などについて質問があった。インバルさんの英語がとってもキレイでわかりやすく、むしろ通訳さんが不要なくらいだった。English to English でわかるというのは、こういうことなんだな、と実感した。

とにかく内容としては、まずインバルさんとアヴシャロムさんの二人で振付をするのは難しいのでは、ということについては、"We are one."という答がストレートでわかりやすかった。スケッチブックを用いて、図を描いて場面の動きを決めていくそうだ。なるほど、このカンパニーのダンスがとても絵画的な理由がわかった。

その他、宮沢賢治との関連については、私も全く感じられなかったのだが、テーマは「旅」ということだそうで、賢治の小説のテーマも「旅」だから、ということくらいで、他の要素は全くイメージに取り入れようとはしなかったそうだ。だから馬の嘶きや蹄の音も出てくるわけだ。人生は「旅」のようなものだから。

あと、「Hydra」というタイトルについて、ギリシア神話に出てくる怪物というイメージだけではなく、色々な意味があるのだと言っていた。「水」のイメージもあるそうだし。なるほど「hydro」の方ね。二人の日本人ダンサーが加わったことについては、彼らが入って、色々新しい経験ができたというようなことを言っていた。

というような内容で、30分くらいでトークも終わり、全体では2時間弱の公演だった。
今回は、白と黒のとってもシンプルなイメージだったが、色々と可愛らしく楽しい演目でもあった。できればもう一度見てみたい。それにしてもこの劇場の最前列はちょっとよくない。チケット買う時、座高が低いから、前の人の頭が気にならない通路横の席を、と希望したら、最前列も空いていますよ、と言ってくれた係の人の言葉に、よく考えず買ってしまった自分がちょっと恨めしかった。

このホールは、12月からメンテナンスのための改修工事が行われる。20日のキエフの「くるみ」を見ない私には、これが当分最後の公演だ。来年4月以後、工事が終わったホールで最初に見るのは、今のところパリオペラ座の「ル・パルク」の予定。そのチラシももらったが、東京公演のチラシとほぼ同じ。違うのは「よみがえる万博公演『シーニュ』の感動!!」というところだろうか。
「ル・パルク」東京公演はオーチャードなので、今回は上京する気になれない。キャストも同じだから、地元だけで見ようかしら。オケピがあれば、このホールはオーチャードなどよりずっとバレエ向きなんだから。